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【追悼】雨宮まみさんについて(私を救ってくれた人)

雨宮まみさんを初めて知ったのはウェブ連載の「セックスをこじらせて」

私が抱えていた言葉にできない女としてのコンプレックスや仕事に対してのコンプレックスを言葉にしてくれていて、衝撃を受けた。

何度も読み返し、友人にも勧めまくった。

 

ブログ「弟よ!」も大好きで、更新のたびに読んで、記事によっては泣いていた。

NANA」に関する書評は本当に大好きで、今でもたまに検索して読む。

http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/touch/20061221

引用:私はこの物語は「奈々」が、自分の中の「ナナ」を諦めて殺していく物語のように読める。一人の女である「奈々」が、自分の中のフレッシュな感情や希望(夢を実現させたい。男と純愛を貫きたい、真剣で誠実な、かけがえのない関係を築きたい、汚れずに生きていきたい)を、あきらめて殺していく物語に読める。そして代わりに奈々は子供を産むわけだ。

この鋭くも優しい視点。脳天に雷と優しい抱擁を一気に食らった気分になった。

当時は(今もかもしれないが)奈々とNANAのことを「バカ女とバカの集団が自業自得でダメになっていく漫画」みたいな批評ばかりで、特に「女が不幸になるのは自業自得だから」という言葉に対するカウンターは皆無だった。

「女であることを武器にして、ゆるふわにモテてキラキラ楽しく生きてる女以外は女じゃない」そんな風潮が強かった。

 

そこで「女であることのコンプレックス」をきちんと言葉にして体を与えてくれたのが、雨宮まみさんだった。

 

私も雨宮まみさんと同じで、大学から東京に来た地方出身者だ。

しかも中高女子校出身なため、容姿や女性性に関するコンプレックスを刺激されることに慣れておらず、東京で暮らし始めた最初の数年は自尊心を傷つけられてばかり。「NO」を言えずビクビクオドオドしている卑屈な人間だった。

 

大学卒業と同時に結婚すると告げた内定先にパワハラを受けて内定辞退させられ鬱になり、モラハラ夫に抑圧されて生活していた私は、雨宮まみさんのブログやナツさんのブログでフェミニズムを知り、Twitterで深堀し、東京で初めて自分の足で立つことができた。

フェミニズムを知らなかったらと思うとゾッとする。モラハラ夫の子供を産み「強くてニューゲーム」をする母になっていたかもしれない。

プレイヤーは私、使用キャラは子供。

 

今の私は東京で生きると決めている。好きなものを買い、好きに装い、好きに発言する楽しさを最近やっと知った。雨宮まみさんの助けがなかったら、そこにたどり着けなかったかもしれない。

 

雨宮まみさんはあれよあれよという間に「女子をこじらせて」を出版し、「こじらせ女子」という言葉が一般化した。

雨宮まみさんも顔出しで仕事をされるようになり、どんどん美しくなって、写真を見るたびに素敵になっていた。

 

連載が更新されるたびに喜んで読んでいた。特に愚痴を聞く連載が大好きで、雨宮まみさんに対して失礼な言葉が入っている愚痴にも寄り添い、暖かく包み込み、優しく背中を押す回答を毎回読んではじんわりと泣いていた。

 

まじめに生きるって損ですか?

まじめに生きるって損ですか?

 

 

 

なのに今、雨宮まみさんが亡くなったことを受け入れられず、涙が出ない。

 

雨宮まみさんの訃報によって、書籍がまた売れているという。その売り上げでまみさんはどんな買い物をするのか、知りたかった。

 

ヒラリーが大統領選に負けて「ガラスの天井は破れなかったが、後の誰かが破ってくれるだろう」と言い、脅さず優しく背中を押してくれる文章をいつも書いてくれていた雨宮まみさんが亡くなり、女性を脅して説教するCMやキャンペーンや政策は溢れてる。

 

女子に対して脅さず説教せず寄り添って、楽しく自由で好きな方向へ進めるように優しく後押ししてくれる文章を書き続ける人だったから、雨宮まみさんがいなくなって日本の女子はまた厳しくなってしまった。


呆然としている。

 

ご冥福をお祈りいたします。